NAGAI SADAHIRA DESIGN OFFICE

歯医者にて

2015年03月19日 / 柬亰旅日記

夕方に歯医者へ行ってきた。

診察椅子に座り、しばし衛生士の到着を待つ。
待ちぼうけをくらい、聞こえてくるのはドリルの音や患者の話声だけで、
備え付けの丸鏡で、自分の顔を眺め続けるのもなんだか気まずい。
己の顔を直視するのは、朝の洗顔と美容院時くらいで十分である。

ふと壁に目線をそらすと、おそらく子どもの絵であろう、
クレヨンで描きなぐったような、なんだか分からない絵が飾ってある。
分からない絵ではあるが、どんな絵であるかは分かる。
希望とか願いとか、後悔とか悲しみとか、そんな類いの感情に支配される前の絵である。
子どもの絵は一見カオティックではあるが、果たしてこれは本当に混沌とした状態なのだろうか。

話は飛ぶが、モンテーニュが「随想録」を書いたのは38歳で隠遁してヒマになったからだそうである。
私も最近仕事はなかなか忙しくはあるけれども、果たして心はヒマなようであるから、久々に日記を更新した次第である。



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Date Paintings(国立近代美術館にて)

2014年07月13日 / 柬亰旅日記

結局のところ、今日一日という日がどの時点で始まったのか、もしかすると明確とするのに苦慮するに違いないと思うが、やはり今朝は例の地震の余震があり、スマートフォンのビープ音で私は少なくとも目覚めた。あのビープ音は地下奥底、深く閉ざされた空間で、高く輝度を保ちながら執拗に点滅する赤、奇怪な未知の生物がうごめく姿を連想させる。正直なところ、私は苦手である。
ベッドから目を閉じたまま手を伸ばし、暗闇のなか光る矩形のビジョンを確認し(そこでようやく目を開いた)、しばらくして長い揺れを感じ、再び眠りについた。

メトロに揺られ昼下がり、竹橋にて「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である」という企画展を見る。後、同館上のフロアで展示中のMOMATコレクションへ。

2F、河原温氏の「Date Paintings」。
黒塗りのキャンバスに白抜きの日付が記してあるだけの作品群である。
例えば次のように記されている。

「22 JUL. 1988」

精密に描かれたレタリングは「人」の手によるもので、確かに「22 JUL. 1988」という日は存在したのだろうし、またそれをいま見つめている私自身も確かに存在しているはずだという、妙な感覚に襲われる。

正確には以上は昨日の日記であるが、その日は確かその後初夏の太陽に照りつけられながら神保町まで歩き、書店に寄り特になにも買わず空腹に耐えきれず蕎麦を食した後帰宅したはずである。

「ジャック・カロ」展

2014年06月21日 / 柬亰旅日記

上野公園は、20年前と何もかわっていないように思える。
学生も、サラリーマンも、親子連れも、ツンと鼻をかすめる独特の匂いも同じだ。ひらけた空から容赦なく届く陽の光はノスタルジックで、昭和の面影を引きずっている。もちろん公園内に鎮座している建造物群だってかわらない。

国立西洋美術館内の地下へと向かう階段を降りる。一段降りるたびに、少しずつひんやりした空気に包まれる。まるで海の底にある静かな階段。チケットを提示し展示室に入ると、そこはどうやら“あらかじめ定められていた”安全な場所のようだ。

五世紀ほど前のーーああ今は二十一世紀だそうだーー銅版画を眺める。
悪魔やらフリークス、王族、戦争の銅版画。

私がいま生活を送っている現代とは、なんの関係もない作品だ。
私と銅版画のあいだには、明確な距離がある。
その距離を埋めるわけでも縮めるわけでもなく、ただただ対象物を眺める。
人の手によって刻まれた、か細い線を目に映し鑑賞し、脳で味わう。
何が生まれるわけでもないその純粋な行為に、私は安堵した。

「雨の日、、、」

2014年06月19日 / 柬亰旅日記

「雨」とはよく出来た漢字だとおもう。
決して垂直ではなく、斜めになって地上にやってくる。
そして地面や建物に衝突しては、放物線を描き、微かな音を連ねる。
ザァザァ。

夜に雨のなか、まあよいかと散歩にでた。
仰いで黒く沈んだ空を眺めると、
街の明かりに照らされた雨が虹色にキラキラと光っている。
足下の地面に滲むそれは、光そのものの残像のようだった。

あまりにも蒸すので、長袖を着て出かけたことを少し後悔した。
喫茶店で珈琲を飲み、窓からまた雨の様子を観察して
今度は帰り道のことを考えた。

神楽坂

2014年05月11日 / 柬亰旅日記

所用で神楽坂へ。

随分暖かくなったもので、春の気配がそこかしこに漂っていた。
目的の場所になかなか辿りつけず、路地に入り込んで、
ここら辺りではなさそうだよなぁと思いながら、
さらに、どんどん細い道に入り込んでいった。

四方に伸びる迷路のような交差路に出会い、
ああこれはどうやら間違えていたようだと確信に至ったころ
ここは以前来た場所のような錯覚に陥ったが、気のせいだろう。

来た道を戻り、煙草屋のおばちゃんに道を尋ねたら、
またかという風に面倒くさそうに教えてくれた。
おそらくこれまで飽きるほど何度も
同じことを聞かれてきたのだろう。